廃虚

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1. A/Z

 

 

 子供たちの笑顔に包まれるような銀景色の未だ残る如月の某日,望月冷人は当惑していた。デュエルスペースに突然落ち武者の姿をした精霊が現れたのだ。

「っ…!!」不幸中の幸いというべきか,そこにいたのは彼とその幼馴染のだけだった。9年前に起きた事件が原因で,OCGは危険視されているからだ。事件から1年後,White Out Technology(WOT)の創設者が発見した新エネルギーの普及により精霊の探知は効率的に行われるようになったものの,保守的な雰囲気の充満するこの国では未だにカードが恐怖の対象として認知されているのだ。そして冷人もその例外とは言えない。

(何とか盤を構えることはできたけど…)

 

1. AZ

  ーーヒトは人間になることにより感性を捨て,互いに溶け合ってあらゆる責任から免れてきた。それは安寧と引き換えに進化を諦める選択,彼らは安らぎ,優しさ,あるいは快楽。それらを追求するあまり湯水のように時間を垂れ流し,とうとうその消費に見合う成果を生み出すことに失敗してしまったのではないのか?ーー

繰り返し夢で語りかけられてきた情報の嵐が怜人の頭を駆け巡る。

――今お前は何をやるべきなんだ?――

(まったく,今日は朝から鬼によく出会う日だ…!)

 問いかける声にいつのまにか恐怖は吹き飛ばされていた。

落武者の先行。紫炎の狼煙を挙げ,カゲキを呼び寄せる。さらに門を設置しキザルを召喚。一枚伏せてターンを終了した。

 落武者ハンド2 場キザル 門 伏せ1

 (いきなり六武の門…初手は様子見か?あの伏せカードがネックになるか…)何とか集中力を飼い慣らし相手の場を洞察する。「僕のターン。マンジュゴッドを召喚し降魔鏡をサーチ。そのまま発動する。」悪魔の姿を映し出す鏡は世界を絶対零度に覆いつくすほどの力を持つ龍の力を宿した勇士を呼び覚ました。

 「さあ,合わせて3枚除外してもらおうか」何とか六武衆のプラットフォームである門の除外には成功した。手札から除外されたのは影武者だ。(危ない危ない…相手が慎重で良かった,危うく将軍様がご出陣される所だった,伏せが気になるがここは…)バトル。トリシューラでキザルを殴る!

通った。「続けてマンジュゴッドで直接攻撃。そのままターン終了」

落武者 LP 8000→5800 (このまま押し切れるか…?)手札2

落武者は再び狼煙を挙げ影武者を手札に加える。

(また狼煙か…だがここで紫炎にアクセスしてもトリシューラの方が)

 死者蘇生発動。その効果により影の名を冠する忍者は舞い戻りくハツメを呼び寄せる。2人の魂は希望の皇に換装され,光の皇帝にアップデート。絶対の権能を持つ光の一閃はトリシューラを葬った。

冷人LP 5700 落武者ハンド3

(ここでライトニングか…!しかもアイツの手札にはまだ六武衆たちが大量に)

 早く決めなければ間違いなくシンクロが飛んでくる---。

 冷人の焦燥は止まらない。「儀式の準備を発動。カリスライムをサーチして降魔鏡を回収!そしてカリスライムを見せて手札を墓地に送りブックストーンを特殊召喚。さらに降魔鏡を発動…」

 マンジュとブックストーンを生贄にヴァルキュルス降臨。

「バトル!ヴァルキュルスでライトニングを攻撃!」

落武者 LP5300 

拙速だという自覚はある。それでもライトニングを残してリンクにアクセスされる可能性と単体のシンクロが飛び出す可能性の苦渋の選択だったのだ。

「ターンエンド…」冷人 手札1

 

落武者は門を再び発動。ここで最初のターンから伏せていた一手を決める。

諸刃の活人剣術

2人の忍びが再び現れる。さらにカゲキの導きにより大将軍の影武者も登場。現在乗っているカウンターは6。その効果により師範をサーチ。

 忍達の生体情報はサーキットに接続され軍将軍へアップデート。3つ目の門が手札に加わる。さらに軍将軍の右下に大将軍紫煙が出陣。そして師範も共に出陣する…!!!

 まるで雷の様な用兵門の力で武装を強化した将軍の総攻撃に場は焼け野原と化す。

冷人LP5700→1700

 残る手札は一枚。次で決めなければ,一斉放火によって敗北は確定する。

(このまま負けるのか…?いや,ここで負けたら何もわからないまま終わる。それは冗談じゃない。)

 脳裏をよぎった黒い光が。あの時何も言わず暴虐を尽くす精霊達を倒していったあの仮面の男の後ろ姿は今でも忘れることができないー

(彼がどこに行ったかは知らないけど,彼のように強くなりたい…!)

 カードゲームにおいて一枚のドローは時に大きな運命を引き寄せる。しかしドローーーー不確実な未来と向き合う戦いーーーの舞台に立つことさえできなければ再興の機会は永遠に訪れない,だからーー

 だから,とりあえず今を直視して絶望しながら考え続ける。

 ――ドロー。その時出会った「運命」は,あの時渡された「あのカード」……。

 「自分の場ががら空きなので,墓地の影影衣と降魔鏡を除外して反魂術をサーチ

 そして…このカードは相手の場にのみモンスターが存在する時,手札から特殊召喚できる」

来い、〈ステルラ・フレーム〉

ステルラ・フレーム

星7 ATK/2500 DEF/2000

光・機械

①このカードは相手の場にモンスターが存在し、自分の場にモンスターが存在しない時手札から特殊召喚できる。

②このカードが召喚、特殊召喚に成功した時,相手フィールド上に表側表示で存在するカード2枚を選んで発動できる。そのカードの効果を無効にする。

  青い光を纏った人とも天使とも言えるその巨躯は、大将軍と門の権能を奪う。

 「さらに反魂術を発動。失われた邪龍の剣士の魂を若き述師に憑依させる!」

蘇った邪龍の剣士はその権能を以て軍将軍の後方に構える師範を凍結させる。

「バトル。トリシューラで紫炎を攻撃。さらにステルラフレームで軍将軍を攻撃!!」

落武者LP4500

 ターンエンド。形勢は逆転したものの,戦場に立つ限り決闘者にはドローという戦いの機会は平等に与えられている。ここで相手に逆転の一手をつかみ取られたら…

 武人の腕は自らの運命を試すかのように札を掴み,束から引き抜く。最早両者は運を天に任せる他はない。刹那の間に繰り広げられる2人の意思の交差,賽は投げられた…

 武士は動かない。その姿はまるで己の行く末を見極め,すべてを悟った佇まいをしているようにも感じられた。

 ---ターンエンド。武士の匙を投げる音が聞こえた瞬間,氷の魔術師は紙の束から魔術の札を引き抜く。

 一角を持つ鋼の巨躯と剣士の一撃。武士はそれを受け止め,全てを理解したように崩れ落ちた。

 

 「勝った…のか?僕は…?」

 冷人は呟き,自らを勝利に導いた札を見つめる。

 「9年間白紙だったこのカード,一体なんでさっき書き換わったんだ…?」

「大丈夫だった,冷人…」光海が心配そうに話しかける。さっきまで2人の間に入り込む余地は無かった。

「ああ…うん,お互いに無事でよかった。」

「あのステラル,っていうカードどこで手に入れたの?聞いたことがないカードだったけど」

「それが僕もわからないんだ,今日目が覚めたらこうなってて…端末にはカード情報が載っていたからレギュレーション上の問題は無いと思う」

 その瞬間,いくつかの足音が鳴り響く。

「突然精霊が出てきたと聞いて焦ったけど…どうやら無事そうで良かった」

 人形のように同じ服を着た数名の人の影から現れる一人の男。

「あなたは…まさかあの…?」

2人の目の前に現れたのは,精霊事件の後にDCエネルギーを発見し精霊探知の技術体系を構築し,OCG存続にも尽力したWTOのCEO,影山向陽だった。