廃虚

Twitterやってます @ball_g_angel

在庫処分セール?遊戯王 VRAINS 85話 感想

3箱買って特典って酷くない?

今回のVRAINSは

  1. ブルーメイデンの新デッキ【マリンセス】
  2. ボーマンの菩薩化
  3. ミラーリングシステム起動

でした。

 

 まず今回はミラーLINK VRAINSに突入したPlaymaker一派の前に ボーマンにデュエルを教えていたハルが現れ,ブルーメイデンとの決闘が始まります。元々ボーマンの使用していた【ハイドライブ】デッキは彼のものだったようです。恐らく次の決闘でボーマンは新しいデッキを使うものと推測されます。

 

 

ハルはハイドライブリンクモンスターの効果によるトークン生成効果を用いてリンクモンスターを展開し、《裁きの矢》を発動させます。

 これに対するブルーメイデンはOCGで猛威を振るった【トリックスター】から新しいテーマ【マリンセス】に乗り換えて臨みます。

 ブルーメイデンはハイドライブナイトの効果により水属性モンスターが無効にされる中、無効効果の及ばない手札からのモンスター効果を使い場を整えていきます。どうやら【マリンセス】は条件を満たした時に手札から発動できる罠を駆使して相手にダメージを積み重ねていくデッキのようです。

ハルは裁きの矢とダイレクトアタック効果を掛け合わせ勝負を決めようとしますが罠に阻まれます。

スキルでアネモネを蘇生させ、リンク3のマーブルドロックをリンク召喚させた後に手札からの罠でカード効果に耐性を与えることで効果を発動させ、そのサルベージ効果で自身を強化させるカードを2回使った後にハイナイトを破壊、手札からの罠によるバーンでブルーメイデンの勝利に終わりました。

 

 今回はある意味兄弟ごっこをしていた2人の対決になりましたが、ハルはボーマンを兄と思うことに満更でも無かった模様です。個人的にはボーマンがハルと同じように自分の母体とも言えるビットやブートの事をどう思っているのかわからないのが気になりました。

 ハルの出番が少なかった為キャラクターに感情喩入をさせる気がない話造り相変わらず流石だな、といったところです。

 

次回はスペクターとライトニングの決闘。強大な権能を持つ相手に立ち回る展開は好きですがどうなるのでしょう。ちなみに〈ミラーリング〉というのは複数のドライブに同じデータを入力することのようです。

 

【衝撃の拘束剣】遊戯王VRAINS 84話 感想

 

決闘が中断しても面白い。

 

新年最初のVRAINS。

  1. ソウルバーナーとリボルバーの決闘は中断
  2. 放置してあった旧Link VRAINSに存在するハノイの塔を再起動
  3. ミラーリンクヴレインズへ移動。

 

まず申し訳程度にストラクチャーデッキに収録された〈転生炎獣Jジャガー〉が登場しました。また、ヒートライオを先行1ターン目で、他リンクモンスターを経由せずに出すのは幾らソウルバーナーが怒っているとは言え、余りにも浅慮過ぎて本気で勝とうとしている人間のプレイングではありませんでした。結局ソウルバーナーは決闘を何故か続行できず終了。リボルバーは謝罪の意を示したかったらしく、合理的に考えて連れてくると面倒な事になるソウルバーナーを連れてこさせたようですが、私としてはそれならばリボルバーは直接事情を話して謝罪すれば良かったような気がしており、やはり頭を下げるのはリボルバー自身のプライドが許さなかったのだと感じています。決闘によってしかわだかまりを解けないと考えるのならば、しっかりと決闘を行って最後まで決着をつけてほしかったです。

 

人はなぜ謝れないのか―自分も相手も幸せになれる「謝罪」の心理学

人はなぜ謝れないのか―自分も相手も幸せになれる「謝罪」の心理学

 

 

 リボルバー達の目的は、SOLテクノロジーが放置していた旧リンクヴレインズのデータ内に存在していたハノイの塔を再利用してネットワーク全体にスキャンを掛けること。計画段階で遊作達を関わらせなければ成立しなくすることで信用を得ることに成功し、ハノイの塔を起動させることで新LV内に偽装してあったミラーLINK VRAINSの中にいたライトニング達を発見する事に成功しました。大規模な運営起業でも手を出せないハノイの塔とは一体。

 

 

次回はボーマンへの思いが芽生え始めたハルとブルーメイデンのデュエルです。

 

 個人的に今回はやはり、ソウルバーナーのストラクチャーデッキが出てずっとデュエルしてない為、今回はその販促とばかりにデュエルするものだろうと思っていたため今回もまともに決闘しなかった事には辟易したと言わざるをえませんでした。これはカードゲーム販促アニメだと言うのに。また、一悶着有った後も納得できない尊が了見と内通していた遊作に対して何も思っていなさそうなのもどうにも不自然に感じられます。この気持ち悪さが今後の伏線になると良いのですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

時代について考えながら自分を振り替える

 あいさつ

 

弊ブログをご購読いただいている皆様、今年も宜しくお願い致します。

 去年はARC-V炎上記事の作成者の件を始めとして、調べようともせずに自分達の属する共同体にとって真実としたいものだけを真実にする為に臭いものに蓋をして反知性的な風潮に辟易しきった1年だったように感じられます。また、複雑な問題を理解しようと努力したり、社会問題を現場で解決しようとしている人間への不理解も顕著になりました。

 こうした世相を表しているのかいないのかは私の理解を越えていますが、近年の創作物も、特にZEXAL以降の遊戯王作品やエヴァンゲリオン以降に見られるように主人公たちの属するコミュニティーが幸せであれば他がどうなっても良い、自分の属する共同体のみの自己実現や幸せのみを全てとする内向きな風潮が良しとされているような気がしてなりません。勿論自分の満足や幸福を追求することは悪くありません。しかし個人の幸福を追求し、個人の最大化が進んだ副作用として「人間」は孤立感を感じるようになり、その結果として違う考えの人間を否定し排斥する事で小さな「社会」を構築する為のシステムとしての宗教が誕生し、私達はハリネズミのように他人との接触しようとすると傷を負う事となってしまいました。

 これらの状態を見るに、私達は近代欧米の開発した個人主義という考え方を神を持たない戦後日本社会に強引にインストールして人と人の繋がりを切った事により、いっそう他人に対する関心が強くなってしまい、「自分がAというものを良いと思っているのだから相手も同じようにAを良いと思うに違いない」という前提条件を持つようになったかもしれません。この状態を打破する為には、全ての人間と解りあえるという前提を捨てた上でどのようにより多くの人が「幸福」になれるか考えて行動していくべきなのかもしれません。

そういう訳で今年もブログや小説を書くなりして社会に寄与していきたいと思っています。OCGの方もなるべく精力的に発信していきたいです。

 

 

 

遊戯王ARC-Vとは何者だったのか再定義したい

遊戯王ARC-Vが一月一日からAmazon prime video で配信されることとなりました。

Prime Videoの新着タイトル配信予定 - Prime会員特典対象タイトル| Amazon.co.jp

 この作品のあらすじは弊ブログを読んでくださる方々ならば理解していると思いますのでざっくり記述しますと,父親の失踪以来ふさぎ込んでいた主人公が一歩を踏み出し,プロデュエリストになる為に活動していく中で自分たちの世界が抱えている問題に直面し,人々をカードゲームを用いて笑顔にするために行動するようになっていく…というものでした。

www.tv-tokyo.co.jp

そんな本作は,放送当初は評判が良かったものの2年目以降批判が目立つようになり,3年目の夏以降はほとんど批判一色に染まり,最終回のニコニコ生放送のアンケートでは1のとても良かったが2.8%になり『炎上問題記事』が作成されるなど,かなりのボヤ騒ぎ(?)だったように思われます。

しかし,この作品は本当に頭ごなしに完全否定されるべき作品だったのでしょうか。私自身としてもこの作品は様々な問題を抱えていたとは認識していますが,それと同時に様々な評価すべき,今までの遊戯王シリーズでできていなかったことが出来るようになったなども有ったはずです。

 放送が終了して2年がもうすぐ経過し,時が流れ熱狂が冷めてきた今ならば,かの作品の何が良くなくて,何が良かったのか私たちはゼロベースでもう一度考えていくことが出来るのではないかと考え,私はこの記事を作ろうと考えました。私も当時は辛らつな評価を下しており,このバブルの形成に寄与することになったことは否定できません。だからこそ私にはこの作品ないしは遊戯王シリーズについて考えていく責任があると考えています。

 

dic.nicovideo.jp

 

 

問題点

まずは本作の明確に悪かったと考えられる要素を挙げていきましょう。ここで挙げるのは

  1. 描写不足
  2. キャラクターが思慮不足に見えること

 

この2つです。

まずは描写不足という箇所について。この作品では価値観の対立から修復不可能な状態になるまで主人公を敵対視していたキャラクターが何の前触れもなく主人公を応援しはじめたり,主人公の正体に関する設定の説明が抽象的なものに留まっていたなど,解釈の余地がないところまでかなり多かった事は否定できません。また,キャラクターが全体的に自分のお気持ちだけで動いてしまい,大局感が皆無だったのも浅ましかったと言えるでしょう。

 

良かった点

 次に良かったと言える点,シリーズ作品として成長したといえる点について触れていきましょう。これに関しては,OCGの販促や現実に即した決闘に近づいていった事を特筆したいと思います。具体例を挙げるならば,DT登場テーマであるセイクリッドやジェムナイト,Xセイバーを登場させたり剣闘獣やD-HERO,機械天使の新規カードを登場させたりした事などです。また,古代の機械のストラクチャーデッキが発売する直前の週の回でそのデッキを使って見せたり、妖仙獣を実際に使うなど5D's以降OCGの商品展開と歩調が合わなかった問題が徐々に改善傾向にある点,そして複数の召喚方法を積極的に使うようになった事は評価されて然るべきです。これは後の遊戯王VRAINSでもストラクチャーデッキに収録されたカードがアニメで使われるようになるなど受け継がれていましたが,ソウルバーナーのストラクチャーデッキが彼のデュエルが約5ヶ月無い状態で発売した事は彼のデュエルを年内に入れる余地はあっただけに非常に残念です。

 話を戻すと,キャラクターやキャラクターが使用するテーマカードに人気がある事も見逃せません。この事は11月に発売された「Link VRAINS Pack2」で【RR】【幻影騎士団】【SR】【DD】などメインキャラクターの使用テーマの新規カードが多数収録された事や,漫画版が好意的に受け入れられている所から見ても明らかでしょう。

 これは主観ですが,ユートが初登場した時のデュエルにおいては,エクシーズ召喚が初めて登場した遊戯王ZEXALよりもエクシーズ召喚の魅力や本質である課題解決としての役割如実に示した素晴らしい使い方をしていました。これは小野勝巳監督が多かれ少なかれOCGに触れている事も起因しているでしょう。

 

グレーゾーン

 最後に複数の人々の間で賛否両論が別れている要素に触れていき,自分なりの見解を下していきたいと思います。議論の対象や問題になるということはそれだけ多くの人々に考える機会を与えたという事であり,それを「意味不明」「炎上」という言葉で片付けるのは無責任であり,そこを掘り下げていくことで自分が何を大事にしているのか,遊戯王作品に何を求めているのか理解できるのだと思います。

 特に問題になっているのは

  1. 過去シリーズからのゲストキャラクターの扱い方
  2. アクションデュエル
  3. 主人公榊遊矢の提唱する「エンタメデュエル」

この3つです。

 1.過去シリーズからのゲストキャラクターの扱い方

 本作では過去シリーズからのゲストキャラクターがスターシステムとして登場しており,元の作品の同名キャラクターとは別人だと思われる形で登場しています。それ故一切感情を交えずに評価するならば元のキャラクターと言動が不一致しても問題は無いのですが,本作ではそういった文脈をカイト以外は殆ど無視されており,極論その過去シリーズのキャラクターを使わずとも問題なかったというのは批判として成り立ちます。個人的には過去シリーズのキャラクターを使う以上,その考え方や価値観は「アップデート」されていてほしいというのが本音であり,単に物語上の役目に押し込んだ所(特にエド・フェニックス)は純粋に残念でした。

 しかし〈レッドデーモンズ・ドラゴン・スカーライト〉や〈銀河眼の光波龍〉といった強力なカードやD・HEROにディストピアガイ等の有用なカードをもたらしたというのも事実であり,20周年の企画による恩恵は有ったと考えられます。

2.アクションデュエル

アクションデュエル。これはAカードというフィールドに落ちているカードを拾って使う事ができるというルールで行われるデュエルの事です。個人的には作中で主人公が自分でリスクを取って構築したデッキよりも完全に何が出てくるか分からないこちらを重視しているように見え,主人公に有利に働くようにデュエル構成上運用されていた事が問題だったと思っています。しかし,ルール上Aカードを手に入れる機会は全てのプレイヤーに与えられており,ZEXALにおいて主人公が使用者の意図する通りのカードを作り出してドローするシャイニング・ドローやストームアクセスよりは余程公平だと思います。しかしシャイニング・ドローやストームアクセス,セイヴァードラゴンは認めているのにこれらよりは建前上公平であるアクションデュエルのルールのみを親の仇のように否定するというのは道理が通らない話であり,炎上記事の価値観に支配されていると考えるべきでしょう。ゼロベースで考える事を忘れないように。

3.主人公榊遊矢及び「エンタメデュエル」

 主人公の遊矢くんは「皆」を笑顔にする為に自分の父親の提唱する「エンタメデュエル」を推し進めていました。彼のエンタメデュエルはソリッドビジョンに映ったモンスターによる芸を意識したものであり,ハッキリ言ってそれをカードゲームという真剣勝負の舞台に持ち込む事は対戦相手を侮辱している行為です。それ以前に,彼のエンタメデュエルで実際に活動しているのはモンスター達であり,遊矢は何の価値も産み出していません。

カードゲームを自分のサーカスの道具にしている時点で彼にはデュエリストである資格はありません。「皆」を喜ばせたいから敵を作りたくない,というのならば有る意味互いの勝敗を決める生存競争であり,弱肉強食の世界でもあるTCGには向いていません。

 

総括

以上の通り,私は遊戯王ARC-Vはかなり問題のある作品だと考えています。しかしSNS上で散見される「ARC-Vを叩いてVRAINSを持ち上げる」行動には危機感が今一感じられないように思えます。何故ならばVRAINSに登場するキャラクターの使用したカードの大半が現状OCG化していないからです。ARC-Vの2年目終了時点ではシンジのB・Fやセルゲイの使用カードという例外はありましたが,大半のカードはOCGに出ています。デッキ外のカードを使うストームアクセスに頼る遊作もやっている事のしょうもなさと言う面では九十九遊馬大先生や遊矢と大差ありません。

また,店頭を観ていると9期時代のパックやRシリーズのストラクチャーデッキやビルドパックがすぐに売り切れたのに対してPlaymakerのストラクチャーデッキは常に売れ残っているというのも,本当にVRAINSが販促として役割を果たしているのか甚だ疑問と思わせる部分です。これらの事から,私はシリーズ近年の3作品の中ではARC-Vが最もカードゲームアニメとして良い作品だったと結論付けました。

色々と手厳しい事を言いましたが,仮に遊戯王ARC-Vを視聴していただけると言うのならば,ここに書いてある事や炎上記事の事は忘れて,自分自身で作品を視聴し,感じた事を大事にしてくださるのならば,これ以上嬉しい事はありません。

7割総集編だああああああああああ 遊戯王 VRAINS 83話 感想

こんなもの垂れ流して良いんですか!?

 

今回のVRAINS。

  1. 〈TGハルバード・キャノン/バスターのOCG化〉

  2. 総集編

  3. リボルバーとSoulburnerのデュエル

がありました。

 

 

ballangel.hatenadiary.jp

 

今回はリボルバーと遊作達が接触し,Soulburnerは自分の人生を狂わせた集団のリーダーになっている人物に対して怒りを抑えきれなくなり、その形で決闘をすることになりました。彼の置かれた立場を考えれば妥当な反応では有りますが、ズルズル引きずると一年目に行っていた復讐エピソードの焼き直しになりかねない事が気になる所です。久しぶりのデュエルという事で12月に発売した彼のストラクチャーデッキに登場した〈転生炎獣〉の新規カードを使う事が当然期待されますが,年越しを挟むのは商品の販促上かなり痛い。ARC-Vではアンティーク・ギアのストラクチャーデッキの販促を全うに行う事が一度有りましたが,本来の販促アニメならば当然出来ていてほしい。個人的には鬼塚と遊作の決闘を年末年始に回して,先に今回のSoulburnerとリボルバーのデュエルを先に行うべきであったと考えています。遊戯王アニメの製作陣ははやはり販促アニメとしての意識が欠けているのが残念に感じられました。

 

コポー トイレとカエル 71738.0

コポー トイレとカエル 71738.0

 

 

俺のスキルには隠されていた効果が有ったのさ! 遊戯王VRAINS 82話 感想

具体的には?

 

さて今回のVRAINS。

 

あらすじ

  • PlaymakerVS鬼塚
  • 禁止カードファイアウォール登場
  • ご都合主義全開竜巻ガチャ2.0の更なる効果
  • 情緒不安定ババア

 

今回はPlaymakerと鬼塚の決闘の続きでした。PlaymakerはダイナTレッスルとフィールド魔法による強制攻撃に対抗するためセキュリティドラゴン,FWDを出してバウンスを試みますがいずれもバーリオニクスの効果とカウンターにより無効にされ、ファイアウォールドラゴンを破壊されます。その後鬼塚はクリスタルハートの効果を使い素材を揃え、ダイナTレッスルを再度リンク。勝負を決めようとしますが凌ぎます。

その後Playmakerはネオストームアクセスを使い無効にされますが、わざわざスキルを使った理由は鬼塚のアンチスキルのドロー効果にあり、トラップカードによるバーンで決めようとしますがこれも無効。

 

 

しかしネオストームアクセスの更なる効果があった!

この効果により再びガチャを回し〈ファイアウォール・Xドラゴン〉をエクシーズ召喚。ファイアウォールガーディアンの効果でTレッスルの攻撃力を0にしてまたしてもPlaymaker勝利に終わり、クリスタルハートの回収に成功しました。

 

感想

 相手にアンチスキルが有るにも関わらずネオストームアクセスを使ったのはバーンで決着をつけるため、というアプローチ自体は悪くないと思いました。ですが新たにスキルの効果を後付けしないと主人公を勝たせられないデュエルの展開になるのは情けないというのが正直な感想です。

X召喚の新たな演出にはデオキシリポ核酸が見えました。エクシーズ召喚にモンスターの魂を変換し、新たな姿(エクシーズモンスター)に変換させ、その魂はエクシーズモンスターの一部となるという設定が見えるを鑑みると、今作におけるエクシーズ召喚のアプローチはモンスターの生体情報を変換しエクシーズモンスターに出力し直すというものなのかも知れません。

 

男子 トイレ 高耐候性ステッカー 150X150mm

男子 トイレ 高耐候性ステッカー 150X150mm

 

 

次回はリボルバーの召集。デュエルは無さそうです。

 

コンテンツに対する愛の形とは? 遊戯王を観たお気持ち

愛の本質とは?

 遊戯王というコンテンツはその起源が週刊少年ジャンプで連載されていた漫画であり、途中からその中で行われたゲームの一つとしてのカードゲームを売っていく路線に変更し、今日カードゲームとしてのコンテンツになったという異色の経歴を持っています。

 

 先日、「YP(遊戯王OCGをプレイする人の事と言われることが多い)はカードはやるけどグッズを買わないしアニメも馬鹿にする、遊戯王というコンテンツに対する愛が無い」というツイートを目にしたので、自分が感じたことをここに記していきたいと思います。

 

 

 

 1

まずYPはカードにしか興味が無い、という点について。私としてはそもそもアニメを観ていない,グッズを買わない=カードゲームをすることしか興味が無いというステレオタイプな型に当てはめ対立構造を作る事自体がナンセンスであり、望んでか望まないかは判断できませんが勝者と敗者、敵と味方という概念を作り出すことで「あいつは敵だから何をしてもいい」という感覚を作り出そうとしている様に思えてならないのです。これでは最初から闘争状態になり、妥協点を見つける前段階に至ることすら不可能です。私達が考えるべきは「どうすれば多くの人が楽しく快適になれるか」であり、敵を作り出して戦うことではないでしょう。

 確かにカードゲームをやっていると「何なんだこいつは…」と感じられるような、自分本意な、自分だけが楽しめれば良いと考えるような人間には沢山出合います。例えば他人のカードを勝手に奪おうとするような。そういった人々に対し拒否の態度を取ることは間違いではありません。腐ったミカンは他のミカンも腐らせるのですから。

 2

本題に戻りますが、OCGをプレイしている人が遊戯王というコンテンツに興味を持たないという事についてです。これについては、文頭に挙げたように遊戯王が辿ってきた足跡を辿るのが良いでしょう。

 先程述べたように、遊戯王というのは元々カードゲーム漫画ではありませんでした。原作を読んでいた世代の方々はその時の感性を大事にして、「高橋和希先生はカードゲーム作品を書こうとしていた訳では無い。カードの販促の為のデュエルよりもストーリーを大事にする姿勢が大事だ」と考えるのも無理はありません。

 しかし、遊戯王の漫画は10年以上前に完結しました。最終巻のあとがきにおいて高橋和希先生はこのように言っています。

ボクの中での『遊戯王』は一応の完結を迎えました。しかし、世界中で、ボクの作品やカードを手にしてくださる方がたくさんいます。ボクはその感謝の気持ちを込め、もう少しの間だけ、『遊戯王』ワールドを広げていきたいと思っています。

 つまり、高橋先生にとっての遊戯王は原作をもって完結しているのです。確かにその後もキャラクターデザインを作るなど、遊戯王に対して関わっています。ですが、ここまで遊戯王が続いたのは高橋先生の力によるものでは無く、間違いなく当時カードで遊んでいた人達の力、カードゲームとしてモノにしていこうとしていた人々の力によるものです。だからカードゲームその物大事にすべきだという路線は何も間違っていません。むしろ遊戯王アニメはそこに対する意識が著しく欠けていると言って良いレベルです。

 それに、カードゲームとしてのOCGが好きという感情と、娯楽作品として別のコンテンツが好きという感情は当然両立します。遊戯王は20年以上続いているのだからOCGをやっていても原作を知らないという人が出てくるのも当然です。そこを考えずに「遊戯王が好き=カードもグッズも全部買って当然」だという考えるのは思想の押し付けであり、個々人の事情を無視する傲慢な、尺字定規的な考え方だと思います。そこはハッキリと否定しておきたい。

 

 

 

ballangel.hatenadiary.jp

 

 

カードプロテクターインナーガードJr. (対応カードサイズ:86mm×59mm)

カードプロテクターインナーガードJr. (対応カードサイズ:86mm×59mm)

 

 

結論

 私は一個人が一つのコンテンツを隅から隅まで愛するという気持ち自体は否定するつもりはありません。否定できる訳ではありません。しかし、自分がこう思っているのだから他人も同じように思うのは当然だという極めて自分本意な意識では軋轢が生まれるのも当然です。ゲームというのはコミュニケーションの一種なのだから、相手も自分も快適にやれるよう過度に相手に関心を持たない、誰とでもわかり会う能力が自分には有ると思わない事を前提にして皆が良い思いをできる環境作りをする意識がこの先私達が快適にやっていく為には必要でしょう。