廃虚

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Chapter2,精密機械

  

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  「つまり,僕が使った<ステルラ・フレーム>は有効なカードとしてデータベースに登録されているんですね」

 億劫そうに話す怜人。何せ彼はつい最近まで行われた決闘の後,WOTの研究所に案内されて事のあらましを説明されていたのだ。

 「うん,私としてもこのような事が起きるとは予想外だったんだけどね。本来ならばデジタルデータベース上に保存されたカードデータが3Dプリンタを通じて紙に出力されるんだが,白紙のカードに何の前触れもなくテキストが出力されるなんて…」

 向陽は釈然としない様子で首を傾ける。

「問題は,そのカードが召喚された時に微弱だが精霊が生まれた時と同じ波動が検出されたことなんだ。さらに研究してみれば精霊を生み出しているのが何なのか,あるいは黒幕がいるとするならばそいつもはっきりするかもしれない。」

 そう言うと天才は青い瞳をこちらに向け,さらに告げる。

「そういう訳で,これから先君の存在は私達にとって重要なんだ。君がどこまでやれるか,決闘(じっせん)の中で確かめたい。“俺”と決闘してもらいたいんだけど…良いかな?」

 OCGの存続の危機の中行動した立役者からの願ってもない挑戦状。怜人は一瞬の間を置いて応えた。

「少し休む時間をいただいてからで良いですか?」

 

Chapter2.精密機械

 外は既に暗黒の幕で覆われていたが,今2人鋼鉄の不夜城は淡い光を放ち,永久機関のように駆動していた。

約束通り2人の決闘が始まる。

 「影山社長,それじゃあ先攻は貴方に譲ります」

そう言われると、向陽は苦笑しながら

「向陽で良いよ,俺達の間には元々上下関係なんて無いし、ましてや今からやるのは純粋に互いの能力を競う儀式なんだから。そこに権力や世間様の常識とやらが介在する余地なんか,無い」

 と宣言した。この天才は仮初の安寧や表層の関係を許容しない。暗に先程出会ったばかりの少年に告げているのだ。

 

    潰せ,と。

 「それじゃあ俺から始めさせてもらおうか」

 (とは言ったものの先行か…なんで先行取っちゃったんだろうな…)

 向陽は自分の現在使用しているデッキの性質上,選考を取ることは不利になることを強くその身に深く刻んでいたそのため先方の好意を取って先行を取ったことをすでに後悔していたのである。

 しかし既に幕は切って落とされた,あとは進むしかない。

 「まずはヴェルズ・カストルを召喚」双子座の勇士は幻惑植物を呼び出し,2つの魂は泥酔したバクへと換装される。

 「よ,酔ってる…」困惑気味の怜人。それをよそに向陽は一枚伏せてターンを終了させた。

向陽 手札3

 あの酩酊したバクは外見とは裏腹に,場を辟易させて圧倒する実力を持っている。その好物とする魂は2つしか無いが,時間稼ぎとしては十二分。その上向陽の使うデッキは【スタンダード】やメタビートの血を引く【ヴェルズ】。

(あの動きだったら初手でオピオンを出してこちらを封殺することも出来たはず。なのにどうしてバクを?)

今バグースカは守備表示を取っている。

(今の僕の手札で対応できるカードは無い…)

 「モンスターをセット,ターンエンド。」

冷人 手札5

 「へえ,様子見かい?」何の気も無く聞いてみたが応答はない。(バクに対して放置プレイを決め込んだか…あちらも動けるハンドじゃないという事か)

 「俺のターン…一枚伏せてエンド」

向陽 手札3

「ドロー…エンド」冷人 手札6

互いに沈黙。

向陽 手札4冷人 手札6

 決闘は台風の目に突入し,一見秩序を得たように見える。しかし問題を先送りにした平和は得てしてたやすく覆るもの。

「俺のターン,ここでバグースカは自己凍結だ」

 向陽は雷神鳥を呼び出し,セットモンスターを攻撃。(バルブか…まあいい)「一枚伏せてエンド」向陽 手札3

 冷人はマンジュゴッドを召喚,太陽神の槍の名を持つ戦士を手札に加え破却することでトリシューラをさらに呼ぶ。タリスマンドラを見せデッキからペンシルベルを呼ぶ。

「おっと,トリシューラで除外されたらたまらない,サンダーバードには避難してもらうか」(おかしい,何故あの人はサンダーバードが優秀な退避効果を持つとは自分から丸腰になるような真似を…?まさかあの3枚の伏せカード)

「…さて,そろそろ満足してもらえたかな?残念ながらノアの箱舟はもう定員オーバーだ」

 

激 流 葬

 大洪水は魔術師団を一斉に押し流す。

(そうだ…僕はあの人がヴェルズデッキを使うと思った時,真っ先にオピオンが来ると考えていた。だから先行1ターン目でバグースカが出てきたとき,チャンスだと感じて先入観にとらわれるあまり向陽さんの伏せカードへの警戒が甘くなっていた…)

「ターンエンド…」冷人 手札6 虎の子である魔神儀による流通も大洪水で使い物にならなくなり,最早冷人に出来ることは無くなっていた。

「俺のターン,それじゃあマンドラゴを召喚,帰還したサンダーバードと共に換装する」2つの魂は無機物となる。

「さて,君はこのカードが出てくるのを恐れてたんだろ?」

伝説の龍の一柱,<ヴェルズ・オピオン>顕現。その権能により強力な星を持つ者達の出陣は封じられることとなる…!

ゲームおいて最も大切なことの一つは「ミスをしない」こと。スタンダードの流れを汲み,相手の出方に対し対応していくヴェルズの様なデッキならなおのことだ。

ダイレクトアタックによりライフポントは削られる。 冷人 LP5450

「オピオンの効果発動,オーバーレイユニットを取り除き汎発感染をサーチ・・・」

それは認められない。ここでそれを認めてしまったらオピオンを止める術はもはやない。その時点でこのゲームの流れはもう取り戻せないーーー!

ただでさえ既にミスをしてしまった直後。早馬のように焦る気持ちを抑え込み,慎重に動く。

 「幽鬼うさぎ>の効果をチェーン発動,オピオンを破壊します」

「おいおい,せっかく出したのにもう破壊かよ…」(侵食感染はエクシーズをリリースできないんだよなあ…)

  1枚セットしてターンは終了となった。 向陽 手札3

このドローに全てが懸かっている。ここで<あのカード>さえ弾くことができるならば主導権を握る事が出来る…!

「ドロー!」引き当てたのは銀の光を放つ一角獣。自分の道を歩き始めた魔術師を導く新たな星。 「僕は<ステルラ・フレーム>を召喚!効果により汎発感染は無効になる。さらに墓地のバルブを蘇生」 一角獣の持つ7つの星は鋭く光る一番星に導かれ,「PSYフレームロード・Ω」へと繋ぐ。

 向陽LP5200 手札3

ここで効果を使えば冷人は丸腰になる。

(どちらにせよリスクには変わりがない,か…)脈打つ鼓動が全身に警報を打ち鳴らし思考回路は鈍っていく。それを打ち払うように冷人は宣言する。

 「オメガの効果発動!」除外された手札はケルキオン。

(よし!ここで向陽さんが動けなければ勝てる…!)

「…へえ,ここでΩの効果を使うなんてやるじゃねえか」向陽はその時,本心から笑っていた。今までも柔和な態度を取っていたがそれとは雰囲気が違う,まるで生まれてすぐの,世界中にときめき続ける3歳児の様な表情に見えたのだ。その様子に不思議な感覚を覚えた。

「冷人,俺達は精霊たちを事前に感知するシステムを発見して普及させることでまた皆にデュエルを楽しんでほしいと思っていたんだ。

そして確かに世界中の人たちに真剣勝負のデュエルを楽しむ風潮は戻ってきたんだ。でも,”この街,この国だけは”そうはならなかった」向陽の表情は元に戻っていた。

「この街の人々は今も9年前の事件を忘れることができず,君の父親が言う通り”もう頑張らなくていい””他人を傷つけてまで自分の欲望を叶えようとするのは間違っている”そんな考えに皆は傾倒していって,俺たちが守ろうとしてきた,最高に面白いカードゲームは内輪で盛り上が為のツール,ただのお遊戯会の道具になり下がった。俺はそれが許せない。デュエルでは栄光も喜びも闘うことから逃げない,強い奴だけがすべてを得るべきだ」

そこに立っていたのは正確無比な精密機械では無い。獲物を捕らえ,絶体絶命の極致へと追い込んだ怒り狂う百獣の王。「…長話が過ぎたな,ここからは行動で示す」向陽のターン,彼が引き当てたのは「2枚目のケルキオン」。黄泉の国から剣士を呼び寄せ,剣士はサンダーバードを導く。ケルキオンとカストルは光の皇へと姿を変える。

「これで,詰みだ」

冷人LP0

「負けた…」落ち込む冷人に対し王は言った。

「君はあの時,ケルキオンを除外できない可能性に恐れながらもリスクを取ってΩの効果を使う道を選んだ。それはまさに本気で君は俺に勝とうとした証,俺はその判断に敬意を表したい人々のデュエルへの価値観を変えるためには君の様な人材が必要だ。」冷人はたじろぐ。

「俺たちの方に来て,一緒に革命を起こそう。その為にまずは精霊事件の解決に協力してほしい」 

 王からの依頼に,冷人は9年前のことに想いを馳せていた。

(あの時僕は何もできなかった,ただ救われるのを待つだけの屑だった。今度こそあの仮面の男のように前に出ることができる,闘うことができる人間になるんだ)

「…わかりました,今は事件を解決するだけで手一杯ですが,自分ができることは何なのか,何がしたいのかその中で見つけていきたいと思います。力不足になるかもしれませんが,こちらこそお願いします」

 2人の作り出す世界に圧倒され,最早第3者となっていた光海の入る余地はどこにも存在しなかった。

 

 

魔術師が王に導かれ新しい道を踏み出そうとしていたその頃,死神は一角獣に定め動き出そうとしていた…